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プレクーリングに最適な「12℃の蓄冷材」で冷却を手軽に簡単に

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アイシングをするとき「保冷剤は凍傷になるから使わないでね!」と言われたことがある人は多いと思います。

理由は、保冷剤の種類によっては、肌に当てておくとマイナスの温度まで下げてしまう可能性があり、氷点下(マイナス1℃以下)の状態が続くと凍傷になってしまう恐れがあるからです。

保冷剤によっては「0℃以上」のものもあるため、すべての保冷剤が凍傷になってしまうわけではないですが、凍傷になってしまうリスクを避けるため、多くのトレーナーやドクターは「保冷剤をアイシングでは使わないように」と指導します。

では「氷」だったら凍傷の心配はないのかと言うと、もちろんそういうわけでもありません。

水は0℃以下になると凍り始め、すべて凍りきるまでは0℃付近ですが、完全に凍りきると、そこから「冷凍庫の温度」まで下がっていきます

製氷機で作られた氷の場合は「0℃」でキープされますが、基本的な家庭用冷蔵庫の冷凍庫内の温度は「マイナス18℃」なので、氷であっても、自宅で凍らせたものをそのまま使用すると、やはり凍傷になってしまう危険性があります。

つまり、安全に冷やすって、結構難しいというか手間だったりします。

そんな中、電機メーカー「シャープ(SHARP)」が開発したのが、氷が溶ける温度(=融点)を変えるという技術を使った「蓄冷材」です。

蓄冷材とは、簡単に言えば保冷剤のことですが、シャープは現時点で、蓄冷材の融点を「マイナス24℃〜プラス28℃」まで設定することができるということ。

つまり、たとえば+12℃で溶ける氷とか、マイナス10℃で溶ける氷が作れるということです。すごい。

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この技術を利用して、暑熱対策グッズとして商品化されたのが、12℃の蓄冷材が装着されたグローブ「コアクーラー」です。

12℃の蓄冷剤が装着されたこのグローブをつけておくだけで、手の平を快適な温度で冷やすことができます。

手の平にはAVA血管(動静脈吻合血管)と呼ばれる、体温調節がメインの役割である血管があります。

体温が上がったときにこの血管は開き、大量の血液が流れることで深部体温を下げる効果があると言われています。

今回は、この蓄冷材の開発を中心となって進めてきた「TEKION LAB」CEOである内海夕香さんとお話をさせていただいて学んだことと、トレーニングジャーナルに掲載された内海さんの記事を参考に「快適な冷却で熱中症を予防する」をテーマに書いていきます。

>>今回の参考資料はこちらです。

trainingjournal202004温度を制御する蓄冷材の開発/月刊トレーニングジャーナル2020年4月号
2020年4月号のトレーニングジャーナル「アイシング〜応急処置とコンディショニング」に掲載された内海さんのインタビュー記事です。

「アイシングって痛いですよね?」

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運動指導者の方、トレーナーの方、運動部の選手やアスリートの方は、「怪我をしたらアイシングをして冷やす」「激しい運動をしたら冷やしてケアをする」といったことは、常識として行っている方が多いかと思います。

「TEKION LAB」CEOの内海さんは、ある真冬の日に、自宅で家具に足の小指を思いっきりぶつけて骨折してしまった、ということ。

そして病院に行くと「毎日アイシングをしなさい」と言われた、と。

トレーナーからすると、まぁそうですよね、という感じですよね?

でも内海さんは疑問だったと言います。

「真冬で、何もしなくてもすでに小指はすごく冷たいのに、なぜ更に冷やさないといけないのか」

「骨折しててすでに痛いのに、なぜアイシングをして更に痛みに耐えないといけないのか」

「『炎症を抑えるため』『細胞が壊死してしまう二次被害を防ぐため』という理屈はわかるが、あんなに冷たい氷で冷やす必要はあるのか」

そんな疑問から、もともとはインドネシアの冷蔵庫のために開発されたこの蓄冷材を、暑熱対策や人体冷却に使えないか?と考え始めたということです。

インドネシアの冷蔵庫?どういうこと?と思った方。シャープの蓄冷材がどのように生まれたのか詳しく知りたい方は「スポーツにおける “適温” がパフォーマンスを向上させる/TELESCOPE Magazine(外部ウェブサイトにとびます)」の記事をお読みください。

「運動後のアイシング」ではなく「運動前のクーリング」

自分の小指の骨折のアイシングで感じた「痛み」や「不快感」から、最初は「運動後のアイシング」のために蓄冷材を利用できないか?と考えていたという内海さん。

しかし、理学療法士・トレーナー・研究者など様々な専門家の話を聞くうちに、12℃の蓄冷剤が「マイルドな冷却材」「冷たくて、気持ちよくて、効果があるもの」として、「運動前のクーリング=プレクーリング」に利用できるのでは?暑熱環境下で運動する際の熱中症予防や、パフォーマンス維持・向上になるのでは?という話に進んだということです。

「プレクーリングの具体的な効果」については「プレクーリング|運動前に体を冷やすべき4つの理由と効果的な冷却方法」の記事をお読みください。

皮膚が「17℃以下」になると「痛み」を感じる

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一般的に、17℃以下の「冷たい刺激」は痛みを発生させる、ことがわかっています。

つまり「気持ちの良い冷却」のためには、肌を17℃以下にしてはいけないのです。

ですが、手の平のクーリングツールとして開発されたのは「12℃」の蓄冷材。

「あれ?17℃以下なの?痛みが発生してしまうのでは?」と思ったのですが、内海さんに聞いてみるとなるほどでした。

人間の皮膚はおおよそ「30℃」くらい。そこに「12℃」の蓄冷材を当てると、その接触面はだいたい中間の温度になる、ということ。

実際にサーマルマネキンを使って実験すると、12℃の蓄冷材を腕に巻いておくと、皮膚温は約20℃で保たれたということです。

20℃であれば、痛みを発生させることはありません。

環境省が行う「令和2年度熱中症予防対策ガイダンス策定に係る実証事業」の1つとして行われた検証実験では、運動前に12℃の蓄冷材で「手の平」「前腕」「ふくらはぎ」が30分間冷やされましたが、実験の参加者(児童)は誰も痛みを訴えることはありませんでした

このプレクーリングを行った後、30分間ウォーキング(ややきついレベル)が行われましたが、プレクーリングが行われなかったグループと比較すると、運動中の深部体温の上昇が抑えられました。

氷を使ったアイシングで痛みに耐えなくても、12℃の蓄冷剤でのクーリングによって、「痛みを発生させず、快適に冷やして、熱中症を予防できる」ことを示した検証実験となりました。

児童が被験者として行われた熱中症予防に関する実験は、あまり数がないためとても貴重です。その実験について記事にまとめているので、ぜひ「【児童の熱中症対策】運動前の手指冷却とアイススラリー摂取で熱中症を予防する」もお読みください。

11℃以下で冷やすと血管の収縮が見られた

12℃よりも低い温度で冷却をすると「血管の収縮が見られた」ということです。

冷たい温度で冷やすと、その部位の血管が収縮し、血流量の減少が起こります。

怪我をした直後など、炎症を抑えるためや、腫れを最小限に抑えるという目的で冷却を行う場合は、この血管の収縮を起こしたほうが良い場合もあります。

ですが、「暑熱環境下での運動前のプレクーリング」が目的の場合、冷やし過ぎは筋肉の機能が低下してしまったり、血流が減ることでそこに運ばれてくる熱の量も減るため、熱中症予防としての効果が薄れてしまいます。

冷たさによる痛みを起こさず、血管収縮による血流量減少も起こさず、不快感のない気持ちの良い冷却で、熱中症を予防するために深部体温を効果的に下げることができる温度が「12℃」だったということです。

怪我をした後などに行う「アイシング」について詳しく知りたい方は、私が別ブログで書いた記事「怪我の応急処置にはPRICEがベスト|適切な処置で最短の復帰を|CHAINON(外部ウェブサイトにとびます)」もぜひお読みください。

まとめ

「冷やす=氷」という、一見当たり前のことに疑問を持ち、生まれたのが「+12℃で溶ける氷」です。

冷たくて、気持ちよくて、それで熱中症を予防できて、運動パフォーマンスも向上する、なんて最高ですよね?

値段も良心的で、グローブをつけておくだけでいいので握っておく必要もない「コアクーラー」は、練習前のちょっとした時間や、試合のハーフタイムなどで手軽に使えるナイスなアイテムですよ。

Written by
ATSUSHI