熱中症の予防・対策として大切と言われることの1つが「体温の測定」です。熱射病について詳しく解説した記事「熱中症で一番重度な『熱射病』の見極めと治療法を徹底解説!」でもお伝えしましたが、熱射病とは「深部体温が40℃以上となり、かつ、中枢神経系に障害が起きたり、複数の臓器がうまく働かなくなるもの」のこと。運動中に行う正確な深部体温の測定は、熱射病なのか、熱疲労なのか、それとも他のコンディション不良なのか(低ナトリウム血症・心臓系の非常事態・糖尿病の非常事態などの熱射病と似た症状が現れるもの)を判定するのにとても重要な役割を果たします。
ですがこれはあくまで「正確な深部体温」が測定できたら、という場合。熱中症ドットコムの記事では何度も出てきていますが、正確な深部体温は「直腸」で測定されたもののみ。この日本で、直腸温を測定できるのは基本的に医師や看護師といった医療従事者だけです。
よって、直腸温を測定することができない、医療従事者ではない私達トレーナーや運動指導者の多くは、体温を「わきの下」「耳」「口」「こめかみ」などで測定しますが、運動中や暑い環境下でこれらの部位で測定された体温は「体の表面の温度」であり、深部体温とは異なる温度が測定されて出てきます。
今回の記事では、運動中に、私達が体温測定でよく使う部位の1つ「耳」で測定された体温と、「直腸」で測定された体温を比較したメタアナリシスを参考に、その体温にどれくらいの差があるのかを見ていきます。
メタアナリシスとは、あるテーマに関係した信頼できる研究を集め、その結果を統計的手法によって、それらの研究結果にどのような傾向があるのかを分析・解析したもの。エビデンスレベルが最も高い研究のデザインです。
>>参考文献はこちらです。
「Comparison of Rectal and Aural Core Body Temperature Thermometry in Hyperthermic, Exercising Individuals: A Meta-Analysis」
2012年と若干古いですが、運動中の体温が上昇した人の、直腸で測定された体温と、耳で測定された体温の違いを比較したメタアナリシスです。
【結論】耳で測定された体温は直腸温よりも低く出る
これが今回の記事の結論です。9つの研究が今回のメタアナリシスに含まれ、それぞれの研究で「運動前の体温」「運動中(運動開始から30分後・60分後・90分後など)の体温」「運動後の体温」が、耳と直腸で測定されました。結果、運動前・中・後どれも関係なくほとんどの測定で、耳で測定された体温よりも直腸温の方が高く出た、ということでした。
また、運動中に深部体温が上がれば上がるほど、耳で測定された体温(=体の表面の温度)と直腸温(=深部体温)の差は広がる、ということも示されました。
今回の参考文献では、運動前に測定された耳と直腸での体温の差の平均は「約0.27℃」でした(=直腸温のほうが約0.27℃高く値が出る)。これはそこまで差はありませんね。
運動開始から15分後に体温を測定すると、その差は平均で「約0.8℃(=直腸温の方が約0.8℃高く値が出る)」。たった15分の運動で、もう耳と直腸で測定された体温に1℃弱の差が生まれています。
運動開始から60分以上が経過してから体温を測定すると、その差は「0.55℃〜1.7℃」にまで広がったということです。
1.7℃も変わってしまう可能性があるため、運動中に耳で測定された体温は信頼することができません。運動中に耳で測定した体温が「38.5℃」だったとしても、深部体温は40℃を超えている可能性がある(超えてないかもしれない。わからない)、ということになります。
運動中に耳で測定された体温は「深部体温」ではなく「体の表面の温度」
深部体温が上がれば上がるほど、耳で測定された体温は信用できなくなります。今回の記事の結論である「耳で測定された体温は直腸温よりも低く出る」ということを知っていたとしても、どれくらい低く出ているかはわかりません。
暑い環境下で、運動中に耳で測定して出た体温が「38℃」だったとして、それよりも深部体温は高そうだ、ということだけは推測できるかもしれませんが、じゃあ深部体温は「38.5℃」なのか、「39℃」なのか、はたまた「40℃」なのかは推測できません。
記事の冒頭でも言いましたが、深部体温が40℃を超えているかいないかは非常に大きな違いであり、その後の対処法が変わってきます。40℃を超えていた場合は、一刻も早く体温を下げなければ、最悪死に至ってしまう可能性もあります。
運動中に耳で測定した体温はあくまで「体の表面の体温」であり、熱射病(もしくはその他の病態)の判定として使われるのは「深部体温」です。この2種類の体温は異なる、ということをしっかりと肝に命じましょう。
運動中に耳で測定した体温はあくまでも参考。「深部体温はもっと高い可能性がある」ということをしっかり頭に入れ、その上で、他のサイン・症状によってその後の対処法を決めましょう。
耳体温計で測定される体温は「鼓膜温」ではない
耳で測定される体温は、しばしば「鼓膜温」と呼ばれることがあります。ですが今回の参考文献では「この鼓膜温という名前は正しくない」と示しています。理由は「多くの耳体温計は、体温測定の際に鼓膜に触れていない」から。
上画像は耳の構造を表したものですが、耳体温計で測定しているのは「外耳道」と示されている部分。鼓膜まで耳体温計は届きません。そもそも体温計が鼓膜に触れるとものすごく痛いです。
鼓膜に触れているならば深部体温となるかもしれませんが、外耳道では深部体温を測定することはできません。
耳体温計の中には、外耳道で測定された体温に修正(=Correction Factors)を加えて、「鼓膜温」として体温を出すものもあるようです。ですが今回のメタ分析では、たとえ修正を行っていたとしても、「運動中」や「40℃近くの体温」であった場合、その修正は信用できるものではない、と示しています。それぞれの耳体温計によってその修正方法も異なるため、やはり耳で測定された体温から深部体温を推測することはやめましょう、ということです。
耳で測定される体温は「環境」に影響を受ける
ここで言う「環境」とは、「気温」「風」「汗」などをさします。上記したように、耳で測定された体温は「体の表面の温度」なので、例えば気温が高い日、単純に肌が熱くなっていただけで体温が上がって出てしまいます。
また、体温が測定されている間に吹いた風や、耳にかいている汗なども体温に影響を与えます。体温を測定しているまさにその最中に強い風が吹いた場合、それだけで体温が変化します。これでは「正確な体温」とは言えませんよね。
熱射病のチェックで使われる体温は「深部体温」
冒頭でも言いましたが、熱中症の種類の中で最も重度であり、最悪の場合は死に至ってしまう熱射病の判断基準は2つ。「深部体温が40℃以上」であり「中枢神経系に異常が出ている」というものです。
様々な熱中症のニュースや記事などで「体温が40℃以上」というキーワードが出てくるかと思いますが、この「40℃以上」というのは「直腸で測定された深部体温(直腸温)」を指すということを覚えておきましょう。
運動中に、耳やその他の部位で測定された体温が40℃以上じゃないからこれは熱射病ではないな、と判断してしまうのが一番最悪なケースです。耳で体温が測定された場合は、この記事の結論として上記したように「耳で測定された体温は直腸温よりも低く出る」とともに「どれくらい低く出ているかは推測できない」ため、信頼してはいけません。
まとめ
耳で測定された「体の表面の体温」と、直腸で測定された「深部体温」は、同じ「体温」と言っていますが、運動中や暑い環境下で測定された場合、まったく違うものと考えましょう。
耳や、その他の部位(わき、おでこ、口など)で測定された体温はあくまで参考にするにとどめ、他の症状や状況を見て対処法を判断しましょう。