運動中の熱中症を予防するために重要なポイントの1つが「深部体温の急上昇を防ぐ」ことです。
運動をするとき、 “適度な” 深部体温の上昇は、筋肉がエネルギーを利用するスピードが上がったり、神経伝達のスピードが上がったり、筋肉の柔軟性が上がるので、ウォームアップを行うことは大切です4。
ですが、 “過度な” 深部体温の上昇は、運動パフォーマンスを低下させ、熱中症のリスクが上がります。
よって、深部体温の急上昇を防ぐために、運動中に体内にたまった熱を効率的に体外に放散していく必要がありますが、その方法の1つとして注目されているのが、身体を内側から冷却して体温を下げる「アイススラリーの摂取」です。
アイススラリーとは「小さく細かい氷と液体が混ざったスムージー状の飲料」のこと。
広島大学の長谷川博先生2は「流動性のある氷飲料」と表現しています。
コンビニや薬局にも売っているので、見たことある方や、実際に飲んだことがある方もいると思います。
このアイススラリーが、熱中症を予防するために重要な「水分補給」になると同時に「身体の冷却(=体温を下げる)」にもなるとして、ここ数年で多くの研究がされ、発表されています。
今回は、アイススラリーの摂取がなぜ熱中症予防に効果的なのか、を解説していきます。
「【児童の熱中症対策】運動前の手掌冷却とアイススラリー摂取で熱中症を予防する」では、実際の実験の中でどのようにアイススラリーが使用されたかを紹介しています。ぜひこちらもお読みください。
>>今回の参考文献・資料は以下の通りです。
1. 深部体温の上昇には要注意!体を冷やすアイススラリーの可能性
2019年、NSCA JapanによるStrength & Conditioning Journalで掲載された記事です。大塚製薬の研究所の所長によるアイススラリーに関する記事です。
2. アイススラリーの活用と高パフォーマンスを導く暑さ対策(リンクなしです)
2019年6月号のコーチングクリニックに掲載された、広島大学教授の長谷川博先生による記事です。
3. Ice Slurry Ingestion Increases Core Temperature Capacity and Running Time in the Heat
アイススラリーの摂取によって深部体温上昇の許容量と持久走の時間の増加が見られたことを示した研究です。
4. 新たな冷却戦略の実践|深部体温の上昇を抑える
2020年、NSCA JapanによるStrength & Conditioning Journalで掲載された記事です。体温調節機能、熱中症、アイススラリーなど、幅広く解説されたわかりやすい記事です。
5. Influence of body temperature on the development of fatigue during prolonged exercise in the heat
少し古いですが、1999年にGonzalez-Alonsoらによって発表された、暑熱環境下での持久的運動と運動前の深部体温の関係についての研究です。
アイススラリーが体温を下げるメカニズム
「氷」には「溶ける時に周りの熱を奪う」という特性があり、氷から液体に変化するとき(=融解するとき)、氷の周囲の熱を奪って温度を下げます。
また、飲み物に入れるようなキューブ状のアイスよりも、シャーベット状(スラリー状)の小さく細かい氷は、その分表面積が広がり、周りとの接触面積が増えるため、より効率的に熱を奪ってくれます。
アイススラリーは、小さく細かい氷ですが噛み砕く必要はなく、そのまま飲むことができます。
小さく細かい氷がそのまま口から食道、胃、腸を通っていくため、身体を内側から冷やすことが可能になります。
アイススラリーが出てくるまでは、身体を内側から冷やす方法は「冷たい水分を摂取する」ことでした。
しかし、固形の氷よりも接触面積が多くて流動性があり、水分よりも食道に滞留する時間が長いために冷却能力の高いアイススラリーのほうが、普通の飲料と比較して、より効率的に身体の内側から冷やすことができ、深部体温の上昇を防ぐ効果があることが多くの研究によって明らかになっています。
プレクーリング × アイススラリーの摂取
プレクーリングとは「運動前に体を冷やして一時的に体温を下げる方法」のことです。
詳しくは「プレクーリング|運動前に体を冷やすべき4つの理由と効果的な冷却方法」の記事で解説しています。
運動前にアイススラリー(−1℃)を摂取するグループと、冷たいスポーツドリンク(4℃)を摂取するグループで、その後の運動中の深部体温の変化を調べた研究3があります(下グラフ参照)。
どちらのグループも、運動前に「1.25kg/体重(kg)」のアイススラリー or スポーツドリンクを5分おきに6回摂取(合計『7.5g/体重(kg)』)しました。
まず運動開始時点(=0分)を見てみると、アイススラリーグループの方が深部体温が低いことがわかります(運動前の30分で深部体温0.5〜0.7℃の低下が見られた)。
その後、運動中の深部体温の上がり方はどちらのグループも同じでしたが、アイススラリーグループは、深部体温がより低い状態で運動を行うことができたため、その分、運動パフォーマンスが高い状態での運動時間が伸びた、と報告されています。
このような結果は他の研究でも報告されており、Gonzalez-Alonsoらによる研究5では、運動前の深部体温と持久的運動の関係が調べられ、運動前の深部体温が高いほど持久的運動を継続できる時間の長さが短かった、と報告されています。
更に、深部体温が低い状態の方が、主観的運動強度(主観で感じる運動のキツさ)が下がった、とも示されています。
運動中・労働作業中のアイススラリー摂取も効果的
暑熱環境下での労働作業中、休憩時間にアイススラリーを摂取したグループと、摂取しなかったグループの、深部体温の変化を比較した研究があります1。
10分間の休憩中に100gのアイススラリーを摂取し、作業に戻ってからの深部体温(外耳道温)が測定されました。
結果、100gのアイススラリーを摂取したグループは、摂取しなかったグループと比べて、作業に戻ってからの「約40分間」は深部体温が低い状態が続いた、と報告されています(上グラフ参照)。
この作業が行われた環境のWBGT値(暑さ指数)は平均で「30.3℃」だったということです。
日本スポーツ協会「熱中症予防のための運動指針」によれば、このWBGT値は「運動は原則中止に近い『厳重警戒』」とされているくらいの暑熱環境であり、運動をするのであれば「10〜20分おきに休憩をとるべき」としています。
そんな暑熱環境下での労働で、アイススラリーを摂取するかしないかの違いで、40分もの間、深部体温を低くすることができています。
わずか「0.1〜0.2℃」とも言えますが、その積み重ねによって重度な熱中症へとつながってしまうことを考えると、やはりこまめにアイススラリーを摂取することは熱中症予防になると考えます。
アイススラリー摂取は、身体の内側からの冷却に加えて、水分摂取や電解質摂取も同時に行うことができるため、運動中の休憩時や試合中のハーフタイムに摂取することで、その後の運動時の「熱中症予防+パフォーマンスの維持・向上」に有効であろう、と示されています。
また、工事現場での作業服や防火服など、なかなか肌を露出できずに体温調節が難しい服装で労働している人にとっても、休憩時に肌を露出して氷を当てるよりも手軽に摂取できるアイススラリーは、熱中症予防に使いやすいアイテムの1つとして有効活用していくべきでしょう。
「WBGT値」について詳しく知りたい方は「熱中症を予防するために運動前に暑さ指数(WBGT値)を調べよう」の記事をぜひお読みください。
筋肉の温度を下げずに体温低下を実現できる
運動前や運動中は、その後の運動パフォーマンスを低下させないために、筋肉の温度を下げすぎてしまうことは避けたいところですね。
深部体温を低下させるための身体冷却の方法は色々あります。
- 水風呂・氷風呂に入る
- アイスパックを身体にあてる
- アイスベストを着用する
- 扇風機・冷房にあたる
これらの身体の「外部」から冷やす方法は、内部から冷やす方法よりも、皮膚温・深部体温を素早く効率的に下げることができます。
ですが、大腿部(大腿四頭筋・ハムストリングスなど)の筋肉の温度を下げすぎると、スプリント能力の低下が見られたという研究報告や、手を冷やしすぎることで、手の細かい動きがうまくできなくなるといった悪影響が出ることもあります。
「アイススラリーの摂取=身体の内部から冷やす方法」は、筋肉の温度を低下させることはないため、「冷やしすぎ」という点に関しては心配する必要がありません。
アイススラリーの摂取量の目安
研究によって摂取量は様々ですが、運動前や運動中に深部体温を適度に下げることを目的としてアイススラリーを摂取する場合、「体重1kgあたり5〜7g」が目安となります。
つまり、体重50kgであれば「50×5〜7=250〜350g」、体重70kgであれば「70×5〜7=350〜490g」となります。
もちろん一気に飲む必要はなく、時間をかけてこまめに摂取してください。
また個人差もあるので、あくまで摂取量の目安として参考にしていただけたらと思います。
まとめ
アイススラリーの摂取は、体の熱を放散させる方法の1つとして、手軽に行える熱中症対策として効果的です。
ですが、人によってはお腹が冷えすぎて腹痛になる、という場合もあります。
よって、試合や大会の当日にいきなり利用するのではなく、練習のときからアイススラリーを飲んで、試してみましょう。
体がラクになったり、疲れが回復するような「良い感覚」があれば積極的に利用し、自分に合わなければ他の方法を使って、深部体温の上昇を防いでください。
暑さ対策は、熱中症予防だけではなく、100%の運動パフォーマンスを常に発揮するためにも重要です。
まだ飲んだことがないという運動指導者の方は、ぜひ一度アイススラリーを飲んでみてくださいね。