「疫学」とWikipediaで調べると、このように出てきました。
個人ではなく、集団を対象とし、疾病の発生原因や予防などを研究する学問
つまりこの研究は、様々なスポーツを行なっているアメリカの高校生スポーツチーム(=集団)を対象として、どのスポーツで熱中症が起きやすいのか、どんな人が熱中症になりやすいのか、などを調べ、そこから熱中症の予防方法を考えていこうという研究です。
アメリカでは毎年約9000人以上の高校生が、熱中症に関する治療・ケアを病院で受けているそうです。また、1995年から2010年の間には、アメリカの高校生35人が熱射病によって亡くなっています。
熱中症は、しっかりとした予防や対策が行われれば100%防ぐことができます。しかし、熱中症になってしまいその対応が遅れれば、死に至ってしまう怖いものです。アスレティックトレーナーや医療従事者がいない部活動の顧問の先生や、スポーツチームの監督・コーチは特に、熱中症がどのように起きているのかを知って、しっかり予防できるようにしましょう。
>>参考にした研究はこちらです。
「Epidemiology of Exertional Heat Illness Among U.S. High School Athletes」
2013年にAmerican Journal of Preventive Medicineに掲載された論文です。アメリカの高校生を対象にした、熱中症の疫学研究です。
アメリカの高校生はどのように熱中症になってしまうのか?
今回の研究で言う「熱中症」は、「労作性熱中症(=Exertional Heat Illness)」を指します。これはつまり、運動していた時に起こった熱中症ということです(それに対して、特別運動などはしておらず、日常生活の中で起こる熱中症のことを「非労作性熱中症」と言います。こっちについてはまた今度詳しく)。
この熱中症調査は、アスレティックトレーナー(=BOC-ATC)が1人以上働いているアメリカの約100の高校が対象となりました。この調査の対象となったスポーツは以下の通り。
アメフト | 男女サッカー | 男女バスケットボール | 男女バレーボール | 男子陸上競技 |
野球 | ソフトボール | 男女水泳&飛び込み | 女子陸上ホッケー | 男子レスリング |
女子体操 | 男女ラクロス | 女子チアリーディング | 男子アイスホッケー |
これらのスポーツで調査期間中(2005年〜2011年)に起きた熱中症を調べて、一体どのように熱中症は起きるのか、どんな人が熱中症になりやすいのか、が研究されました。
この熱中症調査は、2005年から2011年まで行われました。その中で報告された熱中症は全部で206件でした。そのうち、159件の熱中症は「練習中」に起き、47件は「試合・大会中」に起きたということでした。まぁ、そんな頻繁に試合・大会があるわけではないと思うので、練習中の方が熱中症は多くなるのかな、と想像できますね。
熱中症になりやすい「人」と「時期」とは?
いつ熱中症になりやすいのか?どんな人が熱中症になりやすいのか?具体的な調査結果をもとに、ここから見ていきます。
熱中症の発生をスポーツ別に見てみると?
スポーツ別に見てみると、一番熱中症が多く起きたのは「[marker]アメフト[/marker]」でした。この研究では、アメフトは他のスポーツの約11倍熱中症が起きる確率が高かった、と報告しています。
アメフトのポジション別に見てみると、熱中症に一番なったのはオフェンスライン(OL)、続いてディフェンスライン(DL)、さらにラインバッカー(LB)と続きます。
アメフトに続いて多く熱中症が出たスポーツは「女子バレーボール」「女子サッカー」そして「男子レスリング」でした。女子バレーボールと男子レスリングは屋内競技ですね(=どっちとも外ではなく、体育館でやるスポーツ)。つまり、熱中症は屋外・屋内関係なく起きる、ということがわかります。
熱中症が一番起こる「時期」は?
熱中症が一番起きたのは「8月」でした。しかしこれは、アメリカのスポーツのシーズン制度に影響を受けています。
というのも、アメリカの高校・大学スポーツで言うと8月はちょうど「プレシーズン」の時期になります。アメリカでは、5〜7月はほとんどのスポーツがシーズンオフのため、チームでの練習はあまりなく(してはいけないとルールで決まっている)、各選手は自主的に練習やトレーニングをします(強制ではないので、しない選手ももちろんいます)。そして大体8月初め〜中旬くらいからプレシーズンが始まり、チーム練習が始まります。
チーム練習が始まる前にしっかり自分で練習をしている学生は大丈夫ですが、全然練習をせずにいきなりチーム練習に合流した選手は、8月の暑さに身体が慣れていないため、体内の熱を効率よく体外に放出できず、体内に熱が溜まってしまい、熱中症になってしまいます。
日本では、8月=プレシーズンという考え方はないですね。ですが、日本の8月は1年の中で一番気温が高く湿度も高い時期であるため、注意が必要です。
熱中症になりやすい「人」は?
この研究で示しているのは「BMI」です。
この研究の中で熱中症になったと報告された選手の約4割が「肥満」のカテゴリーに入る人だったようです。特にアメフトの選手では、熱中症になった選手の47%は「肥満」カテゴリーだったようです。熱中症以外の怪我をした選手を調べると、「肥満」カテゴリーに入ったのは27%だったことから、「BMI=30以上のアメフト選手は熱中症になりやすい」と考えていいだろうとこの研究では結論付けています。
熱中症を予防するためには?
この論文の中では、以下の2つのことが熱中症を予防するために重要である、と言っています。
1)暑熱馴化の期間をしっかり設ける
練習中に起きた多くの熱中症は、「8月のプレシーズン期」に「練習が始まって2時間以上たった後」に起きました。よって夏の練習は、身体が夏の暑さに慣れるまでは2時間以内におさえましょう(具体的な身体を暑さに慣らす方法については「身体を暑さに慣らせ!熱中症対策はまず暑熱馴化から始めよう」の記事をお読みください)。
ただ上でも言ったように、日本では8月はプレシーズン期ではないため、少しだけ暑熱順化をする時期が変わってきます。日本でスポーツをする選手は、いつ頃が暑熱馴化の期間になるのでしょうか。
これはズバリ「梅雨明け後の7月中旬〜8月上旬」です。日本ではこの時期に一番多く熱中症が発生すると言われています(熱中症診療ガイドライン2015|日本救急医学会より)。梅雨明け後すぐは湿度も高く、それに加えて気温が突然上がります。その突然の気温の上昇に慣れていない身体は、体内の熱を放散することがうまくできず、体内に熱が溜まってしまうことで熱中症になってしまいます。
2)熱中症の知識を学び、共有する
最近徐々に増えてきてはいますが、日本の中学・高校の部活動や大学スポーツ選手で、アスレティックトレーナーのサポートを受けることができる人はまだまだ多くはありません。
この熱中症の研究は「アスレティックトレーナーが常駐している高校(アメリカ)」に限定されて調査が行われたため、アスレティックトレーナーがいない高校でスポーツ活動中に熱中症になった高校生は、もっとたくさんいると推測されます。
アスレティックトレーナーが学校にいるということは、少なからず選手たちに向けて熱中症の予防・対策・教育がされていると考えられます。逆に、アスレティックトレーナーが学校にいないということは、スポーツをする高校生たちへの熱中症の予防・対策をする役割は、監督やコーチ、もしくは学校の教員ということになりますね。
もちろん熱中症についてしっかり考え、予防や対策を行なっている監督・コーチ・学校の先生もいるはずなので一概には言えませんが、やはり、怪我や疾病の予防を専門に学び、予防や応急処置のプロであるアスレティックトレーナー(もしくは医師・医療関係者など)がいないことで、熱中症の予防が100%行うことができなかったり、熱中症への対応が遅れてしまうことも考えられます。
よって、アスレティックトレーナーや医療従事者がいなくても大丈夫なように、部活動の顧問の先生やマネージャー、スポーツチームの監督・コーチ、スポーツをする子供を持つ両親やスポーツをする選手自身が、熱中症について学び、それぞれの人が、それぞれの立場で熱中症の予防・対策をしていく必要が、今の日本では必要になってくるのかなと思います。
この記事の最初にも言いましたが、熱中症はしっかりとした対策がとられれば100%防ぐことができます。さらに、たとえ熱中症になってしまったとしても、早めのケア・処置によって、悪化を防ぐことができます。しかし、対応が遅れれば最悪死に至ってしまう、とても怖いものでもあります。
アスレティックトレーナーや医療従事者をつねに部活動の練習や試合に呼ぶ、というのが理想ですが、現実として難しい部分もあるでしょう。それでも、夏になる前にアスレティックトレーナーを学校に呼んで熱中症の特別授業を行ったり、熱中症について1回でもみんなで考える機会を作るだけで、熱中症の予防につながります。
自分自身を守るために。周りの人を守るために。熱中症について調べたり、学んだりする機会を作りましょう。