夏の暑い環境(=気温と湿度が高い環境)で運動やスポーツをしていると、体がどんどん上がっていきます。
適度な体温上昇であれば運動・パフォーマンスにとってプラスなのですが、体温が上がりすぎると、人間の生理学的な機能(体温調節機能・心肺機能・中枢神経系など)はうまく働かなくなっていき、運動能力は低下するとともに、熱中症になりやすくなってしまいます。
よって、熱中症の予防をするためにということはもちろん、運動パフォーマンスを落とさないためにも、運動中・スポーツ中に体温が上がりすぎないようにすることが必要です。
そこで、運動中に体温が上がりすぎないようにする対策の1つとして、運動前に身体を冷やす「プレクーリング(pre-cooling)」が注目を集めています。
「運動前はウォームアップしてしっかり体を温めないといけないでしょ?」「運動中に体を冷やしたら怪我しちゃいそう」と思う人もいるかと思います。
というわけで今回は、暑い環境の中で運動をする際に、熱中症やパフォーマンスの低下を予防するための方法として、運動前に体を冷却するをする「プレクーリング」について紹介していきます。
プレクーリングをうまく使うことで、熱中症予防・運動中のパフォーマンスアップにつながりますよ。
>>今回の参考文献・資料はこちらです。
1. スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック|日本スポーツ協会
日本でトレーナー活動をされている方や、運動・スポーツの指導に携わっている方にはぜひ一度は目を通してもらいたい資料です。日本スポーツ協会のホームページより、無料で見ることができます。
2. Precooling and percooling (cooling during exercise) both improve performance in the heat: a meta-analytical review
暑熱環境下での運動パフォーマンスにおける、プレクーリング(運動前冷却)とパーク−リング(運動中冷却)の効果についてまとめられたメタアナリシスです。
3. A Mixed-Method Approach of Pre-Cooling Enhances High-Intensity Running Performance in the Heat
2021年つい先日発表された、暑熱環境下でのプレクーリングとランニングパフォーマンスの関係に関する研究です。
4. Pre-Cooling and Sports Performance|A Meta-Analytical Review
2012年に発表されたプレクーリングとスポーツのパフォーマンスの関係についてのメタアナリシスです。
なぜ運動前に体を冷やすとパフォーマンスが上がるのか
プレクーリングとは「運動前に身体を冷却すること」を言います。
Bongersらのメタアナリシス2では、多くの研究によって、暑熱環境下で運動をする際にプレクーリングを行うことで、運動パフォーマンスの向上が見られたことがわかっている、と示しています。
日本スポーツ協会が発行する「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック1」にも、運動前に深部体温を下げておくことで、運動中に体に熱がたまっていく「許容量」を増やすことができ、結果として、高いパフォーマンスを発揮して運動できる時間を伸ばすことができる、と示されています。
Xuらが2021年に発表した最新の研究3によれば、プレクーリングを行うことによって「体温調節機能への負荷」「心血管系への負荷」を減らし、「暑さを感じる感覚」が心理的に向上する、と示しています。
ではここから、具体的なメカニズムについて解説していきます。
1)身体に熱を蓄えておく能力が向上する
プレクーリングの研究の多くで示されている、プレクーリングが運動パフォーマンスを維持・向上させるメカニズムの1つが「熱の許容量の増加」です。
暑熱環境下で運動を行う際は、運動を行う前からすでに体には熱が溜まっています(=深部体温が上がっている)。
筋肉の温度(=筋温)はある程度上がっている方が運動パフォーマンスは向上しますが、上がりすぎると低下していきます。
また、熱中症になってしまう要因の1つも「深部体温の上がりすぎ」です。
本来であれば、体内に熱が貯まりすぎて体温が上がりすぎないように、身体は汗をかくことによって熱を体外に放散しますが、気温・湿度ともに高い環境で運動をしていると、なかなか体外に熱を放散できません。
熱を体外に放散できないということは、熱を体内で貯め続けていることになり、結果として深部体温が上がりすぎてしまうのです。
そこでプレクーリングをすることで、運動前からすでに貯まりすぎている熱をなくすことができるため、運動中に「熱の貯まりすぎ」になってしまうのを遅らせることができる、ということになります。
つまりプレクーリングを効果的に行うポイントは「貯まりすぎている熱を放散する」ということ。
運動前の体の冷やし過ぎは、もちろん運動パフォーマンスを低下させるため、適度な冷却がポイントになります。
体内の熱がどのように体外に放散されていくのか、を詳しく学びたい方は「体温を下げる方法。熱の移動と放散のメカニズム」の記事をご覧ください。
2)運動中の心拍数の低下
Wegmannらのメタアナリシス4によると、彼らが調査した27の研究のうち23の研究で、プレクーリングを行った後に高強度で運動を行うと、プレクーリングを行わなかったときと比べて、運動中の心拍数が低かったことを明らかにしています。
「心拍数が高い=心臓が全身に血液を送るために頑張りまくっている」ということになるため、心拍数が低いことはそれだけ体への負担が減りますね。
エネルギー消費が効率的に行われるため、深部体温が急上昇することを防ぐとともに、高い運動パフォーマンスの維持につながります。
3)汗をかく量の減少
体内の熱の量の減少や、心拍数の低下にともなって、汗をかく量が低下します。
「汗をかく」というのは、体内の熱を体外に放散しようとする体の機能のため、体内の熱が少なければ、汗をかく量ももちろん減りますよね?
汗の量が減ることで、脱水状態になるスピードや電解質の減少も抑えられるため、熱中症予防&パフォーマンス維持・向上につながる、ということになります。
4)「暑さ」を感じなくなるという心理的効果
多くの研究で、プレクーリングの生理学的な効果だけでなく、心理的な影響も大きいのではないかと示唆しています。
これはつまり、「暑い」と感じること自体がパフォーマンスの低下を招いているため、プレクーリングによって体に「冷え」という感覚をもたらし、「暑い」という感覚を無くすことで、パフォーマンスの低下を防ぐことができるのではないか、ということ。
ですが、この心理的影響については、プレクーリングをしても何も変わらない、という報告をしている研究も多くあるため、今のところは「可能性がある」と示唆されています。
特にプレクーリングが効果的なのは「持久系運動」
Wegmannらのメタアナリシス4によると、プレクーリングによって特に運動パフォーマンスの向上が見られたのが「暑熱環境下で行う持久系運動」でした。
「持久系」と言うとマラソンのような種目を思い浮かべるかもしれませんが、野球、サッカー、バスケットなど、1試合が長時間に渡るようなスポーツも、プレクーリングをすることでパフォーマンスの低下防止や熱中症予防になるだろう、と言われています。
プレクーリングを行う2つの方法
プレクーリングは大きく分けて「身体の外側から冷やす方法」と「身体の内側から冷やす方法」があります。
1)身体の内側から冷やすプレクーリング
身体の内側から冷やす方法とは「冷たい水分を補給する」もしくは「アイススラリーを摂取する」のが代表的な方法です。
特にアイススラリーの摂取は、日本スポーツ協会も推奨している最近注目の方法です。
アイススラリーとは「小さく細かい氷と液体が混ざった液体」のこと。
冷たい水分よりもアイススラリーを摂取する方が、摂取した際に食道にとどまる時間が長いため、熱を取り除いてくれる時間も長くなることで、体温をより下げる効果がある、とされています。
2)身体の外側から冷やすプレクーリング
身体の外側から冷やす方法として用いられるのは「氷で冷やしたタオルを当てる」「アイスベストを着用する」「水風呂に入る」です。
身体の外側から冷やすことで、身体の表層の血管が収縮し、表層の血流が減ります。
暑熱環境下で運動を行っているとき、肌は熱くなっていますよね?
これは体内の熱を体外に放散するため、血液が、体内の深部に溜まった熱を表層まで運んでいるためです。
そんな肌を冷やすことで、熱が放散されるととも、熱を表層に運んでくるために大量に集まっていた血液が深部へ戻ることができるため、熱放散の効率が上がり、結果として体温を下げることを促進するのです。
冷やしすぎは良くない
ここまで、プレクーリングが暑熱環境下での運動パフォーマンスの維持・向上に繋がるという話をしてきましたが、やはり冷やしすぎは良くありません。
90分のランニングを行ったあと、12分間「5℃」と「14℃」の水風呂に浸かり、その後2マイルのランニングタイムを比較した実験がありました。
この実験によると、14℃の水風呂に浸かったあとの方が2マイルのタイムが早かったという結果が出ました。
一方、5℃の水風呂に浸かった後にランニングをした選手たちは、筋肉の硬直や心地よくない寒さを感じたと報告したそうです。
冷たすぎる温度の水や冷却装置によって体温を下げすぎると、筋肉は最適な温度を超えて冷えすぎてしまい、パフォーマンスは低下してしまう恐れがあります。
筋肉の冷やし過ぎが良くないなら、身体の内側から冷やす方法であれば問題ないかと言うと、冷たい水分やアイススラリーの摂取のしすぎは腹痛や不快感につながるため、これも気をつけないといけません。
上記しましたが、重要なのは「適度な冷却」です。
よって、冷やし過ぎを避けるために、プレクーリングを行った後に自分が行う運動であまり使わない体の部位を部分的に冷やす、というのは選択肢の1つとなります。
少しでも体温を下げることができるとともに、その後の運動でメインで使う筋肉の温度を下げすぎないようコントロールすることができます。
よって、現場で使いやすいと考えられる、体の外側から冷やす方法の1つが「アイスタオル(氷水で冷やしたタオル)」です。
クーラーボックスに氷と水を入れて、その中にタオルを入れて冷やし、その冷やしたタオルを身体に当てます。
手の平や前腕、首といった、比較的運動に関係のない部位を冷やしたり、冷やし過ぎに注意して、ふくらはぎや腿といった大きな筋肉にアイスタオルを当てることで、熱の放散を促し、体温の過度な上昇を防いでくれます。
最近注目の「手掌冷却」もプレクーリング方法の1つ
最近では、気軽にプレクーリングを行うためのツールとして、スポーツメーカーのデサントと電機メーカーのシャープが共同で開発した、手掌冷却ができるグローブが販売されています(下リンク参照)。
手の平には「AVA血管(動静脈吻合)」と呼ばれる「体温調節」がメインの仕事である特殊な血管があることがわかっています。
よって、手の平を冷やすことは、他の部位を冷やすよりも体温を下げる効果が高いと言われています。
「手」は、比較的どんな運動・スポーツでもメインの部位とはならないので、冷やしすぎを気にする必要もなく、プレクーリングだけでなく、熱中症対策として、冷却を行う部位として注目されています。
複数の方法でプレクーリングを行うことがベター
Bongersらのメタアナリシス2では、何か1つの方法でプレクーリングを行うよりも、複数の方法を組み合わせて行うほうが、よりパフォーマンスの向上につながった、と示しています。
更にXuらの研究3では、身体の外側から冷やす方法と、内側から冷やす方法を組み合わせる方が、どちらか1つの方法のみで行うよりも、パフォーマンスの維持・向上により効果を発揮するだろう、と示されています。
まとめ
プレクーリングが熱中症の予防や運動パフォーマンスの維持・向上に効果的な理由は以下の通りです。
- 体内に貯められる熱の許容量が増加
- 心拍数の減少
- 汗をかく量の減少
- 暑さを感じづらくなる
運動前の筋肉の冷やしすぎはパフォーマンス低下を招くため、適度な冷却を心がけましょう。
また、プレクーリングは体の「内側」と「外側」から冷やす方法があります。現場で使いやすいと考えられるのは以下のような方法です。
- 内側:「アイススラリーの摂取」「冷たい水分の補給」
- 外側:「アイスタオル」「アイスパック」「アイスベスト」「手指冷却」
体温を下げることをメインに考えるならば「水風呂・氷風呂」が最速でベストな方法ですが、プレクーリングを考えた場合、冷やしすぎてしまう可能性があることや、大会・試合前に、その試合会場で水風呂に入るというのは現実的ではない場合が多いため、今回は選択肢に入れていません。
熱中症対策・運動パフォーマンスの維持・向上のために、ぜひプレクーリングを試してみてください。