つい先日、環境省が主催の「熱中症対策シンポジウム」に参加してきました。日本スポーツ協会スポーツ医科学専門委員会院長である川原貴さんによる「スポーツにおける熱中症の予防」や、帝京大学医学部付属病院高度救命救急センター長である三宅康司さんによる「熱中症の現状・診断・応急処置・予防」に関する講義など、多くの学びがあり、有意義な時間となりました。
そんな中でとても面白かったのが、井上動物病院院長である井上快さんによる「ペットの熱中症と対策」の講義です。ペットを飼ったことがない私は、恥ずかしながら「ペットも熱中症になる」ということを考えたこともありませんでした。
そこで今回は、井上先生による講義を受けて学んだ、ペットが熱中症になってしまう原因、ペットが熱中症になってしまったときの応急処置や対処方法、そして普段からするべき予防方法をまとめます。ペットを飼っている方は、ぜひ参考にして頂ければと思います。
>>今回の参考資料は以下の通りです。
「ペットの熱中症と対策/井上動物病院院長 井上快先生|熱中症対策シンポジウム」
シンポジウムで使用された講義資料です。犬や猫だけでなく、うさぎやハリネズミなど、ペットとして人気の動物に関しての詳しい解説もあり、とても勉強になりました。
ペットが熱中症になってしまう原因
まず最初に知っておいてほしいことは「動物は人間よりも体温が高い」ということ。イヌやネコの平均体温は「約38℃」であり、ブタやヒツジの平均体温は「約39℃」もあるそうです。
こう聞くと「平熱が高いなら、人間よりも熱中症になりづらいんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、決してそんなことはなく、体温が「40℃」に近づくと、動物も熱中症になってしまいます。
動物は体温調節がうまくできない
人間は体温が上がると、汗をかいて体内の熱を体外に放熱します。汗は「汗腺(かんせん)」と呼ばれる皮膚にある腺から分泌されますが、人間はこの汗腺を体のあらゆる所に持っています(300万〜400万個)。この大量の汗腺によって、素早く体内にたまりすぎた熱を体外に放熱することができます。
ところが、動物は基本的に汗腺を持っていません。イヌやネコは足の裏に少しだけ汗腺があるようですが、あまり放熱には役に立っていないということ。ウサギも舌に少しだけ汗腺がありますが、これもあまり役に立たず、ネズミ類(ハムスター・モルモット・ハリネズミなど)は全く汗腺を持っていません。
汗をかくことで体温調節ができない動物たちは、基本的に以下の2つの体温調節機能をメインとして体温をコントロールしています。
- 対流:気体(風が吹くなど)や液体(水風呂に入るなど)による熱移動
- 蒸発:呼吸や唾液が蒸発することによって、気化熱で体温を下げる
これ以外にも、冷たいもの(体温よりも低い温度のもの)を直接肌に当てることで体温を下げる「伝導」や、周りの物体から発せられる遠赤外線による熱移動「放射・輻射」によっても体温の調節は行われますが、暑い夏の日にメインで働く体温調節機能は上記した2つということです。
体温調節機能については「ヒトが持つ体温調節機能のメカニズム|熱の移動と放散で体温を下げる」で詳しく解説しています。こちらの記事もぜひお読みください。
動物たちは我慢強い
動物は野生の中で生き抜くために、敵に弱みを見せることはできません。弱みを見せると、敵に襲われてしまいますからね。動物たちは人間たち以上に常に気を張って生きています。よって、ペットが熱中症になっていること(弱っている所)を、見た目で気づくのがとても難しいことがあります。そして、見た目で分かるくらい弱っている、衰弱している場合は、熱中症がすでにかなり重症化してしまっていることがとても多いです。
動物たちの平熱が高いこと(=40℃まで1〜2℃しかない)、体温調節が苦手なこと、そして我慢強いということが重なることで、いわゆる「軽い熱中症」で気づくことがとても難しく、気づいたときには重症だった、というケースがとても多いようです。
熱中症になりやすい動物の特徴
特に熱中症になりやすい動物・ペットの特徴は以下の4つです。
●短頭種
パグやフレンチブルドッグ、ペルシャのような「頭〜顔の縦の長さが短い」「鼻がぺちゃっとつぶれている」動物は、構造的に気道が狭いため、動物たちの体温調節のメイン機能の1つである「呼吸」で体温調節がしずらいです。
メイン機能の1つがうまくできないため、体温調節を「対流」に頼ることになってしまいます。気温が高い日は熱移動がうまくいかないため、意図的に水をかけてやるとか、涼しい場所に連れて行ってあげる、涼しい風を送ってやるなど、何か能動的に行動しないと、熱中症になるリスクが高くなります。
●北方犬種
秋田県やシベリアンハスキーなどの「毛に覆われている動物」は、その見た目通りあたたかい毛に守られているため、寒さには強いですが暑さに弱いです。熱が体内にたまりやすく、また体外への放熱も苦手なため、体温が上がりやすいですね。
●足が短い小型犬
「子供が熱中症になりやすい理由は、体の小ささと発汗能力の低さだった」の記事でも解説していますが、人間よりも地面(地表)に近い場所を歩く動物たちは、人間が感じている暑さ以上の暑さを感じています。理由は「地面からの照り返しによって、地面に近ければ近いほど暑い」から。
より高温の場所を歩くことになるため、体温の上昇が早くなってしまう可能性があります。
●肥満体型・疾患を持っている
人間と同じように「肥満」は熱中症になりやすくするリスクファクターの1つです。また、これも人間と同じで「体調が悪いとき」や「病気・疾患をもっている」場合は、脱水症状が進んでしまったり(糖尿病や腎臓の疾患など)、体温調節機能がうまく働かなくなってしまう(呼吸器系疾患など)ため、熱中症になってしまうリスクが上がります。
ペットが熱中症になると現れる症状
先ほど「動物たちは我慢強い」と言いました。見た目ではなかなか判断できないことがあります。よって、ペットたちが熱中症になるとどのような動きをし始めるのか、身体から現れる症状や熱中症のサインについて知っておきましょう。
- 口を開けてハァハァする(パンティング)・呼吸困難
- よだれをたくさん垂らす
- 落ち着きがなくなる
- 目・口の粘膜が赤くなる
- 高熱が出る(40℃くらい)
- 筋肉が痙攣する・震える
- 下痢・嘔吐・吐血・血便
重度の熱中症になると、動かなくなってしまったり、意識がなくなったり、発作を起こします。
もしかして熱中症かな?と思ったらするべき処置
「これは熱中症かもしれない」と感じたら、するべきことは「動物病院に連れて行くこと」です。熱中症は動物にとってかなり重度な病気と言われています。理由は、様々な「合併症(呼吸不全・急性腎障害・血液凝固障害など)」を熱中症は引き起こしてしまうから。よって、熱中症かな?と思ったら、すぐに病院に連れて行くことを考えましょう。
ですが、病院に行くまで、着くまでにやるべき処置・できることがあります。
- 涼しいところで休ませる(クーラーが効いた場所が望ましい)
- 全身を冷やす(全身に22〜28℃の水をかける・水をためたバスタブに浸からせる・冷たいタオルを全身に当てる・全身に風を当てる・氷を全身に当てる)
- 水分補給(もし自力で飲めるのであれば)
- 病院に行く前に連絡を入れておく(病院側が処置の準備ができる)
特に「全身を冷やす」は人間と同様に重要です。高温状態が続けば続くほど、合併症が起きる可能性が上がるとともに、命の危険にも及びます。
病院に行く前、もしくは向かいながらも少しでも処置をすることで合併症を防ぐことができ、回復も早くなります。
熱中症になることを未然に防ぐためにできること
動物にとって熱中症はとても重い病気であり、いくら迅速な処置をしても、合併症によって後遺症が残ってしまうこともあります。よって、一番良いのはやはり「熱中症にならないこと」です。
熱中症は、屋外だけではなく屋内でも(自分の部屋の中でも)なる可能性があります。よって、暑い日に熱中症にならないために屋内でできることと屋外でできることをそれぞれ紹介します。
1)屋内でできること
部屋の中でペットを飼っている場合、特に夏は以下のポイントに気をつけてみましょう。
- 室温は22〜25℃に保つ(動物にとって一番快適)
- 湿度は50〜60%に保つ(動物にとって一番快適)
- 窓を開けて風を通す(もしくは扇風機を使って室内の空気を循環させる)
- いつでもペット自身で水分補給ができる環境を作っておく
扇風機を使う場合は、あくまで「空気を循環させる」ことが目的です。直接ペットに風をあてないようにしましょう。
いつでも水分補給ができる環境を作ってあげることも重要です。動物の中には、水を入れた容器をひっくり返して水をこぼしてしまう場合もあります。こまめにチェックして、常に容器に水が入っているようにしましょう。また、家の中に複数の水分補給の場所(容器)を作ってあげるのも良いですね。
2)屋外でできること
ペットを屋外に連れて行く場合、もしくは屋外でペットを飼っている場合に注意すべきポイントは以下の通りです。
- 散歩は早朝か日が落ちてから(一日で気温が高い時間帯を避ける)
- 散歩時間を短めにする
- 車の中に閉じ込めない・置き去りにしない
- 飼っている場所に日陰を作ってあげる
- 水を持ち歩く
散歩に連れて行く時は、地面を手で触ってみましょう。そして地面が「熱い」と感じたら、散歩はやめましょう。地面の熱が足から体内に移動して体温が上がりやすくなってしまうとともに、照り返しによっても、地面に近い動物たちは体温が上がりやすいです。
「散歩の長さ」も重要です。人間と同じように、長時間の運動は体温を上昇させます。特に暑い日は無理をさせず、短時間の散歩で終えるようにしましょう。
皆さんは、ちょっとした買い物の際に乳児・幼児を車の中に置き去りにして死亡してしまったというニュースを聞いたことはありますか? たとえ数分でも、閉め切ってエアコンをかけていない車内は急速に温度が上がります。エアコンをつけておけば大丈夫、とか、ホントに1〜2分だから大丈夫、と思っていても、エアコンが突然何らかの理由で切れてしまうこともありますし、何があるかわかりません。子供もペットも、たとえ数分でも車内に閉じ込めてしまうことはやめましょう。
屋内・屋外に関わらず、毛がフサフサのペットの場合は夏だけでも「毛を刈ってしまう」というのも熱中症予防になるでしょう。
まとめ
ペットの熱中症対策について解説しました。考えてみれば当たり前ですが、動物も熱中症になります。まず第一にしっかりと「予防」すること。それと同時に、熱中症になってしまっても慌てずに処置し、病院に連れて行くこと。
知っているだけで、いざというときに冷静に対処することができます。ペットを飼っている多くの方にこの記事を読んで頂ければ幸いです。