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熱中症対応と処置をアメリカの夏ロードレース『Falmouth Road Race』から学ぶ

マラソン_夏_falmouth

毎年、8月第2週目の日曜日に、アメリカのマサチューセッツ州で「Falmouth Road Race」というレースが行われます。これは7マイル(11.3キロ)のロードレースで、毎年約1万人ほど(初心者からプロランナーまで)が参加しています。

8月2週目という夏のど真ん中に行われるレースだけあって、過去18回のレースの平均気温は23.3℃、平均湿度は70%と、かなり暑い環境の中で行われます。

これを聞くだけですぐに(熱中症になる選手が多そうだなー)というのが想像できるかと思います。実際に、過去18回のレースで、毎年平均で約15人の人がレース中、もしくはレース後に熱射病と診断されています。

一番熱射病が多く起きたのは2003年で、53人もの選手が熱射病と診断され、ケアを受けました。

ですが、ここで一番強調したいこと。

毎年何十人もの選手が熱中症や熱射病になってしまうこのFalmouth Road Raceで、死者はゼロ。このFalmouth Road Raceのメディカルスタッフの迅速で的確な対応・処置・ケアによって、熱射病による死亡者は今まで1人も出ていません。

今回は、このFalmouth Road Raceで熱射病が起きたときのメディカルチームによる評価からケアの流れを紹介します。熱中症・熱射病への対応や処置の参考になればと思います。


>>参考文献はこちらです。

Falmouth1

Environmental Conditions and the Occurrence of Exertional Heat Illnesses and Exertional Heat Stroke at the Falmouth Road Race
Falmouth Road Raceでの熱射病と環境要因(気温, 湿度, ヒートインデックスなど)の関係を研究した論文です。

Falmouth2

Effectiveness of Cold Water Immersion in the Treatment of Exertional Heat Stroke at the Falmouth Road Race
Falmouth Road Raceでの水風呂による熱射病患者のケアの効果を調べた論文です。水風呂による体温の減少の割合を、男女, 年齢, ケアを始めた時の深部体温ごとに比較もしています。

評価〜ケアの流れ

Falmouth_FirstAid_対応処置
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レース中またはレース後に倒れてしまった選手や、熱中症の症状が現れた選手は、全員メディカルテントに運ばれてきます。

運ばれてきたら、まずは深部体温(=直腸温)、脈拍、血圧が測られます

この時に直腸温が40℃以上で、中枢神経の障害(混乱, しっかり会話できない, 意識不明など)がみられた場合は熱射病と判断され、その選手はすぐに、氷で冷やされた水風呂(10℃)に浸かることになります。

ちなみに、もし直腸温が40℃未満の場合で、中枢神経に異常がみられない場合、それは熱疲労の可能性が高いです。熱疲労が疑われる場合は、以下のケアを行いましょう。

  • 涼しい日陰や室内に移動させる
  • できるかぎり衣服を脱がせる
  • 脚を心臓より高く挙げ、血液を心臓に送るのを促進させる
  • 扇風機/氷水で冷やしたタオル/アイスバッグで全身を冷やす
  • 口から水分を与えて水分補給をうながす

熱疲労に関しては「熱中症で最も多いのが熱疲労!原因と症状から見る対処法とは?」をお読みください。

ちなみにこのメディカルテントには、レース前から大量の水風呂と氷と、直腸温を測るための体温計が用意されています。

falmouth_氷風呂
CapeCod.comより

熱射病と判断された選手は、水風呂に座った状態でしっかりと全身浸かって冷やされます。

直腸温は水風呂に入ってる状態でも測定され続け、体温は常にチェックされています。選手の直腸温が38.8℃よりも下がったら、冷やし過ぎを避けるために水風呂からは出され、メディカルテント内で経過を観察されます。

水風呂から出されたあとは、直腸温が下がっているかどうか、中枢神経の障害は出ていないか、他の熱中症や熱射病の症状は出ていないか、などの経過をチェックされ、問題がなければ最終的にドクターによって「帰っていいよ」と許可がでます。

過去18年のレースで、熱射病と診断された選手は全部で274人。彼らの最初に測定された深部体温は平均で41.4℃でした。

ですが、今紹介した評価からケアの流れを、メディカルスタッフによって迅速に行われた結果、最初にも言いましたが、死者はゼロ。生存率100%です。本当にすごい。

体温について「運動中の正確な体温の測定方法は?重要なのは体温測定の部位」もぜひお読みください。

なぜすぐに水風呂に浸かるべき?

falmouth_一刻も早く

熱射病の発見の遅れや、適切なケア・処置の遅れにより、深部体温40℃以上が長い時間続いてしまうと、神経障害や臓器へのダメージが起こってしまい、最悪の場合は死に至ります。

今回の記事で一番強調したいのが「迅速な処置」です。

そしてそれは「熱射病の患者を水風呂に一刻も早く浸からせて、体温を下げること」。「一刻も早く」というのは、熱射病になった人を日陰・室内の涼しい場所に移動させるよりも先にです。

今回の論文の中では「Golden half-hour(=黄金の30分)」と表現されています。

もう少し詳しく説明すると、もし熱射病患者(=直腸温が40℃以上)が、すぐに水風呂(1〜15℃)に全身浸かって、直腸温を30分以内に40℃未満に下げれば、生存率は100%、後遺症もなし、と報告されています。

別の論文では、より早く冷却を始めるために、倒れた場所から水風呂に移動させている最中も、氷水で冷やしておいたタオルを頭や首、腕や脚などにつけて冷却をはじめると良い、とありました。

それくらい、熱射病になった人の体温を一刻も早く下げることが重要である、ということです。

環境と熱中症・熱射病の関係

気温_湿度_WBGT

環境と熱射病は深く関係しています。詳しく見ていきましょう。

気温

気温が上がれば上がるほど、熱中症・熱射病が起こる可能性も高くなる、という研究結果が出ています。

これは、身体の熱交換のメカニズムがうまく働かなくなることが大きな原因です。熱移動の話は過去の記事に書いたので、詳しくはそちらを読んでほしいのですが、簡単に。

熱交換には「伝導」「対流」「輻射」「汗の気化熱」の4種類あります。

気温が高くなればなるほど、対流と輻射による体内の熱の放出が行われなくなります。

伝導は、何かモノに触れていないと熱の移動は起こらないため、運動中は、汗の気化熱による熱の放出のみに頼ることになり、熱は体内にたまりやすくなってしまいます。

ヒトが持つ体温調節機能のメカニズム|熱の移動と放散で体温を下げる」を読むと、熱交換の種類についてよくわかると思います。

湿度

今回の研究では、湿度が高いからといって、熱中症が起こりやすいとは言えない、という結果が出ました。

湿度が高いと一番働かなくなる熱交換の機能は「汗の気化熱」。汗をかき、それが肌から気化することで、体内の熱を体外に放出するという機能。

湿度が高いと、空気中に水分がたくさん含まれているためなかなか汗が蒸発してくれません。

ですが、たとえ湿度が高くても、気温が低ければ、対流と輻射によって体内の熱は体外へ放出されるため、熱中症の数はそこまで増えなかったと思われます。

運動強度

レースの距離の短さも、Falmouth Road Raceで熱射病が起こりやすい原因の1つです。

一見、距離が長いほど(=走っている時間が長ければ長いほど)熱中症になりやすい気もしますが、逆です。

ハーフマラソン(約21キロ)やフルマラソン(約42キロ)と違い、Falmouth Road Raceは比較的短いレース(約11キロ)のため、ランナーは比較的早いスピードで走ります(=運動強度が高い)

ハーフマラソンやフルマラソンと比べると、Falmouth Road Raceでの熱射病が起こる確率は約10倍である、という結果が出ています。

運動強度が高ければ高いほど、体温は上がりやすく、熱射病になる危険性は高くなります

ヒートインデックス(HI)

ヒートインデックスとは、気温と湿度を考慮にいれた指標で、「人が実際に感じる気温=体感温度」のこと。アメリカ海洋大気庁が発表しているHIによれば、同じ28℃でも、湿度が40%だったらHIは28℃ですが、湿度が90%だとHIは34℃にまで上がります。

参考論文によれば、ヒートインデックスが上がれば上がるほど、熱中症/熱射病の数も増えたということです。

WBGT

WBGTについても少しだけ論文の中で触れられています。

Falmouth Road RaceでWBGTが13℃以下の場合、熱射病はほぼ起きなかったということです。ですが、WBGTが22℃以上になると、1レースで11〜12人ほどの熱射病が起きたということです。

まとめ

少しでも早く「この人は熱射病である」と認識すること。

直腸温が40℃以上あったら、一刻も早く冷却をはじめること。

これらを迅速に行うことが、熱中症による後遺症や死を防ぐ一番の方法です。

それを可能にするために、特に夏は、練習前には必ず水風呂を用意しておくこと。水風呂だけではなく、氷水にタオルをいれておき、すぐに全身を冷やせるように準備をしておくこと。救急車をすぐ呼べるようにしておくことももちろん重要です。

事前の準備が、選手の命を救います。

Written by
ATSUSHI