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運動誘発性低ナトリウム血症|水分補給は多ければ良いわけではない

低ナトリウム血症サッカー汗

「低ナトリウム血症」という言葉を聞いたことはありますか?これは読んで字のごとく「血液中のナトリウム(=塩分)の濃度が低くなってしまう症状」のことを言います。

よく、熱中症を予防するために「塩分をとれ!」とか「電解質をとれ!」とか言われたことはないですか?身体は塩分・電解質が必要で、塩分や電解質が足りなくなってしまうと身体に悪影響が及ぶからです。

今回の記事は、運動中もしくは運動後24時間以内に起こってしまう、運動誘発性低ナトリウム血症(=Exercise-Associated Hyponatremia)に焦点を当てていきます。低ナトリウム血症とはなんなのか?何が原因で引き起こされるのか?ならないようにするには何を気をつけたらいいのか?一つ一つわかりやすく解説していきます。

あまり馴染みはないとともに、そこまで頻繁に起こるものでもないですが、一度読んでいただいて、頭の片隅においておくと良い情報だと思います。


>>今回の参考文献はこちらです。

EAHConsensusStスクショ

Statement of the Third International Exercise-Associated Hyponatremia Consensus Development Conference, Carlsbad, California, 2015
2015年に行われた “運動誘発性低ナトリウム血症 (Exercise-Associated Hyponatremia)” に関する国際会議でまとめられた文書です。

NATAPDC_EAHスクショ

Lead Them to Water but Don’t Force Them to Drink!: Recommendations to Prevent Hyponatremia|National Athletic Trainers’ Association Professional Development Center
NATAメンバーが受けることのできるオンラインコースの1つ。「低ナトリウム血症を防ぐために」というテーマで3人の研究者が講義をしています。

運動誘発性低ナトリウム血症(Exercise-Associated Hyponatremia)とは?

水分補給_熱けいれん_自転車_低ナトリウム血症

運動誘発性低ナトリウム血症(ここからは「低ナトリウム血症」と表記します)とは、上記しましたが、運動中、もしくは運動後24時間以内に起こる低ナトリウム血症のことを言います。

では、低ナトリウム血症とはなんなのでしょうか?専門的な言葉を少しだけ使うと、「血液中の塩分(=ナトリウム)の量が135mmol/L以下」になってしまうことです(この数値は別に覚えなくてもいいです)。

これを簡単に言うと、「血液=水分」なので、低ナトリウム血症とは「体内の水分の量に対して塩分の量が足りなくなってしまう症状」と言うことができます。

原因|低ナトリウム血症はなぜ起こるのか?

体内の水分の量に対して塩分の量が足りなくなると、低ナトリウム血症になってしまいます。これを引き起こす原因は以下の3つが考えられます。

  1. 塩分が体内から失われる
  2. 水分が大量に摂取される
  3. IとIIの両方

この3つの中で、運動中に起こる低ナトリウム血症の多くは、(II)の「水分の摂りすぎ」が原因で起こっています。逆に運動中に水分が失われるのは「呼吸」「汗」「おしっこ」「便」などからなので、これらで失った水分以上の水分を摂取してしまうことが、水分の摂りすぎとなります。

オンラインコースの中で講義をされたドクターは、「確かに塩分を失うことによって低ナトリウム血症になってしまうこともあるけれど、気温が高い環境での長時間にわたる運動でない限りは、塩分の損失による低ナトリウム血症を気をつけるよりも、水分の摂りすぎによるものに気をつけましょう」と結論づけています。

運動中に失われる水分の多くは「おしっこ」と「汗」によるものです。おしっこによって身体から出ていく水分は、多くても「1時間で800〜1000mL」がMAX。汗をかく量は人によってだいぶ差があるのではっきりとは言えませんが、平均すると「1時間で500-600mL」だということです。つまり計算上は、1時間に1.3〜1.6リットル以上の水分を補給すると、低ナトリウム血症になる可能性があるということになります。

低ナトリウム血症のリスクファクター

リスクファクターとは「ある特定の疾病を発生させる確率を高めると考えられる要素」のこと(コトバンクより)。つまり、以下に挙げたものに当てはまる場合、低ナトリウム血症になる確率が上がるということになります。

  • 水やスポーツドリンクなどの水分の摂りすぎ
  • 運動中に体重が増える
  • 4時間以上の運動
  • 普段やらないような種類の運動を行う
  • BMIが高い or 低い

上の原因のところでも言いましたが、このリスクファクターの中でも最も危険なのが「水分の摂りすぎ」です。

症状|低ナトリウム血症になると現れるサイン

低ナトリウム血症は、症状が顕著に現れないことが多いと言われています。よって、現場での判断がとても難しいです。また、症状が現れたとしても、熱中症や、もしハイキングや山登りをしている場合は高山病になると現れる症状・サインと変わらないため、これらのサインを見て低ナトリウム血症を疑うことは難しいと思われます。

低ナトリウム血症になると現れる典型的な症状は以下の通り。

  • 頭痛
  • めまい
  • 吐き気/嘔吐
  • 体重が運動を始める前より増えている
  • 身体の腫れ・膨張
  • 混乱状態/興奮状態/方向感覚がなくなる
  • 発作
  • 意識レベルの低下/昏睡状態

「水分の摂りすぎ」が低ナトリウム血症になる一番多い原因なので、「体重が増えている」というのは一つの判断基準になります。ですが、体重が減っているからといって、じゃあ低ナトリウム血症ではない、と除外することはできません。ウルトラマラソンやトライアスロンなどの大会では、体重が減っているにも関わらず低ナトリウム血症と診断されたケースがある、と文献には示されています。

もしあなたが指導者や親であれば、その選手・子供が熱中症なのか、低ナトリウム血症なのか、それとも違う何かなのか、を判断するためには、その人に「どれくらい水分を飲んでいたか?」「今日練習前の調子はどうだったか?」「他の症状はあるか?」などの質問をしたり、身体の動きや状態をチェックして、上記した症状があるかどうかを確認します。医師・看護師・トレーナーなどの専門家がいない場合は決して無理をさせず、悪化したり調子がどんどん悪くなる場合はすぐに救急車を呼ぶか、病院へ連れて行きましょう。

アメリカ人の高校生アメフト選手3人が低ナトリウム血症によって死亡

アメフト水分補給低ナトリウム

不幸にも、改めて低ナトリウム血症が注目されたのが、2008年から2014年の間に、アメリカで3人の高校生がこの低ナトリウム血症によって亡くなってしまうという事故が起きたことです。

長時間にわたる持久系の運動やスポーツ(マラソン、ウルトラマラソン、トライアスロン、ハイキングなど)で低ナトリウム血症は多く発生するのですが、この亡くなってしまった3人の高校生が行なっていたのは「アメフト」でした。

これらの事故によって、改めて水分補給の仕方について議論が世界中で交わされました。

熱中症予防のために真面目に水分補給を行なったことが原因となってしまった…

彼ら3人に共通していたことがとにかく真面目に水分補給を行なっていたことでした。

両親や監督・コーチに「熱中症を予防するために!」や「脱水状態になると脚がつるぞ!」などといったことを言われ、練習中に大量の水やスポーツドリンクを摂取していたようです。

熱中症にならないようにと真面目に過度な水分補給を続けたことで、体内の水分量が過剰に増え過ぎてしまい、結果として低ナトリウム血症が原因で死亡してしまったということでした。

対処・処置|低ナトリウム血症が疑われたら?

低ナトリウム血症である可能性があるな、と感じたら、まず水分を摂るのはやめましょう。水分をとればとるほど症状は悪化していきます。同時に、すぐに病院に行って点滴を受ける必要があります。救急車を呼び、点滴によって塩分や電解質などを体内にできるだけ早く補給することが、今わかっている最善の対処法です。

水分ではなく、梅干しなどの塩分が多く含まれている固体を食べさせたり(もし食べられる状態であれば)、塩分・電解質を補給できるサプリメントの補給は、低ナトリウム血症を悪化させることはなさそうですが、処置としては非常に効果は薄いようです。早く病院に連れて行く準備をするとともに、バイタルサインのチェックや、症状の変化に注意しておきましょう。

塩分や電解質を含むスポーツドリンクを飲ませれば良いのでは?と思うかもしれませんが、スポーツドリンクに含まれる塩分と電解質の量は、体内のナトリウム濃度を高めるには少なすぎるため、逆に濃度は薄まり、低ナトリウム血症を悪化させてしまいます。スポーツドリンクを飲ませてはいけません。

低ナトリウム血症を予防するためにできること

低ナトリウム水分補給スポーツ
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症状で判断するのがとても難しいとともに、対処が遅れると命にも危険が及ぶもののため、低ナトリウム血症にならないよう予防することがとても大切になってきます。未然に防ぐためにできることを紹介します。

無理に水分を補給し続けない

「のどが乾いた時にはすでに脱水症状が始まってる」ということを言われたことがある人は多いのではないでしょうか?実際にこの熱中症ドットコムの記事でも紹介したことがありますし、間違ってはいません。

「のどが乾く」というのは身体が水分を求めているサインであり、過度な脱水を防ぐための身体のメカニズムです。よって、のどが乾いたらしっかり水分を補給しましょう。

しかし、これを過度に意識しすぎて、これもまたよく言われる「のどが乾く前にこまめに水分を補給しなさい」を意識しすぎると、水分の飲み過ぎにつながってしまい、結果、低ナトリウム血症になってしまうということが起きるのです。

低ナトリウム血症の予防のために覚えておきたい5つのポイント

以上のことから、「のどが乾く前にとにかく水分を補給しなさい!」と口酸っぱく言うのは危ない、ということがわかるかと思います。

監督・コーチ・トレーナー・両親など、いろんな人から「熱中症になったら危ないから、いっぱい水分摂るんだよ!」と言われると、子供や選手たちは「水分を補給することはとにかく良いことなんだ」と感じるようになり、真面目な人ほど、とにかくたくさん水やスポーツドリンクを飲むようになります。水の飲み過ぎは良くない、という考えがありませんからね

確かに水分補給は大事なので、指導者として水分補給を口酸っぱく伝えて促すことはもちろん良いことなのですが、全くのどが乾いていないのに、しかもつい5分前に水分を補給したのに無理に飲み続ける、というような極端なことが起きると、低ナトリウム血症になる危険性があります。そんな極端に水を飲み続ける人なんていないでしょ、と思うかもしれませんが、真面目な子供や選手ほど、黙々と頑張って水分を補給している可能性があります

よって、低ナトリウム血症を予防するために覚えて欲しいことは、以下の5つです。

  • のどが渇いたら、必ず水分を補給する
  • 水分を補給する際は、自分が飲みたい量プラスちょっと多めに飲む
  • のどがもう乾いていないなら、水を飲むのはやめる
  • またのどが乾いてきたら、その時また水を飲む(気持ちちょっと多めに)
  • 気温や湿度が高い日の運動中は、のどが乾いていなくても水分を摂るべき。一度にたくさんではなくこまめに少量ずつ摂る

最後の「気温や湿度が高い日の運動中は、のどが乾いていなくても水分を摂る」理由としては、特に暑い環境下での運動中は、短時間で大量の水分が失われることが多いため、水分が必要なタイミングよりも遅れてのどが乾くことが多いからです。

いくら水分を補給しても、塩分も補給してれば低ナトリウム血症になることはない?

水分をたくさん摂って塩分の量の割合が減ってしまうと低ナトリウム血症になってしまうのであれば、水分と一緒に塩分もたくさん補給していれば大丈夫なんじゃないの?という疑問が浮かびます。ですが、これは「ノー」です。

オンラインレクチャーの中で、「塩分(電解質)のサプリメントの摂取は、低ナトリウム血症の予防になるか?」というテーマでお話がありました。結果としては、塩分/電解質サプリを摂取することは、水分の補給量が適切であれば効果的であるが、水分の摂りすぎがあると、いくらサプリを摂取しても低ナトリウム血症になってしまう危険性がある、と結論づけられました。

やはりここでも、水分補給のしすぎが低ナトリウム血症を引き起こす一番の原因であることが強調されました。

体重の1〜2%の水分を失うとパフォーマンスは低下する

ここまで「水分の摂りすぎは危ない!」ということを言い続けてきたのですが、低ナトリウム血症になることを気にし過ぎて逆に脱水状態になってしまうのはもちろん良くありません。

【まとめ】最新の科学的根拠に基づく熱中症予防のための水分補給」の中でもお伝えしていますが、体重の1%の水分が体内から失われると、体内の熱を体外に放出するという身体の体温調節の能力が低下していきます。体重の2%の水分が失われると、運動パフォーマンスが低下していきます。

脱水状態は身体に様々な悪影響を及ぼすとともに、熱中症になる危険性も高まります。運動前と運動後の体重が同じくらいになるように、失った水分をしっかり補給することを心がけましょう(詳しくは水分補給の記事をご覧ください)。

まとめ

運動誘発性低ナトリウム血症について解説してきました。よく見かけるようなものではなく非常に稀ではありますが、運動指導者やトレーナーは知っておくべきことだと思います。

水の飲み過ぎに気をつけつつ、脱水にも気をつける。難しいですが、子供や選手を守るために準備をしておきましょう。

Written by
ATSUSHI