今回の記事は少し専門的になっています。これからトレーナーを目指す学生トレーナーの方や、現在プロのトレーナーとして活動している人が読むことを想定して書いています。多少専門用語が出てきていますことをご了承ください。
みなさんは体温を測るとき、どこで測りますか?
わきの下に体温計を挟んで測るかもしれません。耳に体温計を入れて測るかもしれません。今は様々な種類の体温計が売っていて、数秒で体温を測定することができるようになりました。
ですがみなさん。体温を測定する部位によって、違う数値が出てしまうってご存知ですか?これは例えば、同時にわきの下と耳で体温を測っても、同じ体温の数値が出てこないということ。
とはいえ、普通に部屋で安静にしているときに体温を測ったら、わきの下でも口でも耳でもそんなに数値は変わらないかもしれません。しかし、運動をしているときに、しかも暑い夏に、しかも外で体温を測定すると、部位によっては1℃以上違う体温を表示することは珍しくありません。体温が37℃と38℃では、かなり違いますよね?
熱中症の中でも重度と言われる「熱疲労」と「熱射病」の違いを見分けるキーとなるのが「体温」です。今回は、暑い夏に運動をしているとき、どこの部位で測定された体温が一番正確なのか、どこの部位で測った体温を信じていいのか、というものを見ていこうと思います。
>>参考にした論文はこちらです。
「Validity of Devices That Assess Body Temperature During Outdoor Exercise in the Heat」
Journal of Athletic Trainingより2007年に発表された、暑い環境の中での運動中に体温を測定する装置の正確さの研究です。今回の記事はこちらの研究を見ていきます。
「National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Exertional Heat Illnesses」
NATAが2015年に発表した熱中症に関するポジションステイトメントです。アスレティックトレーナーの人は全員読むべきと言えるくらいの、素晴らしくまとまった論文です。
体温と熱中症は密接な関係がある
暑い夏に外で運動やスポーツを行うと、熱中症になるリスクがつきまといます。熱中症には大きく分けて4種類ありますが、命に危険が及ぶのは「熱射病」と呼ばれるものです(他の熱中症でも、対処が遅れたり無理をしてしまえば、熱射病に繋がってしまいます)。
4種類の熱中症についてはそれぞれ記事を書いています。「熱中症の一種『熱失神』とは?熱失神の原因・症状・処置・予防まとめ」「熱痙攣とは?エビデンスで見る熱痙攣の原因・症状・処置・予防法」「熱中症で最も多いのが熱疲労!原因と症状から見る対処法とは?」「熱中症で一番重度な『熱射病』の見極めと治療法を徹底解説!」もぜひ読んでみてください。
この4種類の熱中症を見極めるための、いくつかあるキーポイントの1つであるのが「体温」です。正確にいうと「深部体温」です。いかに早く正確な深部体温を知ることができるかによって、熱射病による事故(=死)を防ぐことができるかどうかが決まります。
ただ、多くのアスレティックトレーナーやスポーツ現場で活動する人たちは、現場で正確な深部体温を得ることができていない、と言われています。正確ではない、実際の深部体温よりも低い体温を信じて治療やケアを行ってしまうと、熱射病への対処が遅れ、命を落としてしまいます。
正確な深部体温を測定し、その体温に合わせた正確な対処を行えば、命を防ぐことができます。
多くのトレーナーが測定している体温は不正確
参考文献によれば、アスレティックトレーナーが体温を測定するときに一番使っている身体の部位は「耳(=鼓膜温)」と「口(=舌下温)」のようです。しかし、NATAのポジションステイトメントには、運動中や運動後に「口」「耳」さらに「わき」で測定した体温は不正確である、と断言されています。
なぜこれらの部位で測定された体温が不正確なのか。
運動中や運動後にこれらの部位で測定された体温は、深部体温ではなく皮膚の温度(=浅い部位の体温)の影響をものすごく受けてしまいます。さらに、そのとき皮膚から蒸発している汗の影響も体温に現れてしまいます。水分補給をしたタイミングによって、測定される体温の数値が変わってしまうこともあります。さらにさらに、体温を測定しているときに吹いた風によって数値が変わるということもあります。
体温を測定する “その時の環境” によって変化してしまう体温は、1分後に測ったら違う体温の数値が出てしまうくらい不正確なのです。
それでは、どこの部位で測る体温が正確なのか。現在、深部体温を測る部位としてGold Standard(=専門家の中で基準・標準と呼ばれているもの)となっているのが「直腸」です。
研究の方法
この研究では、男性15人と女性10人が参加しました。この計25人が3時間運動をしている間に体温を測定して、違う部位で測った体温がどれくらい違うのか、もしくは同じなのか、というのを調べた研究です。
体温が測定されたタイミングは「運動直前」「運動開始後60分・120分・180分」「運動終了後20分・40分・60分」です。
体温っていろんな場所で測ることができます
今回の研究の中で体温が測定された部位は以下の通り。
- Rectal=直腸
- Oral=口
- Axillary=わきの下
- Aural=耳
- Temporal=こめかみ
- Forehead=おでこ
- Gastrointestinal=腸
Gold Standardである直腸温を基準とし、他の部位で測った体温がどれくらい直腸温に近いかを調べていきます(直腸温と変わらない=そこの部位で測る体温は正確、ということ)。
運動前の体温
まず、運動を始める直前に体温が測定されました。
全ての体温計で測定したところ、「腸」と「おでこ」で測定した体温以外は、全て直腸温よりも統計的に低い体温が出ました。
下左図は、上が直腸。下2つが口(Eは高級な体温計。IEは安い体温計という意味)。下右図は、上が直腸。下2つがわきの下です。
下左図は、上が直腸。下が耳。下右図は、上が直腸。下2つがこめかみです。
ラスト2つ。下左図は、上が直腸。下がおでこ。下右図は、黒丸が直腸。白丸が腸です。
上のグラフを見ると、「口」「わきの下」「耳」「こめかみ」で測定された体温は、直腸で測定された体温とは大きく差があることがわかると思います。
運動中の体温
引き続き上のグラフを見ていきましょう。一番左が「運動直前に測定した体温」を示すので、2・3・4番目がそれぞれ「運動開始後60分・120分・180分」の体温を示しています。
ゴールドスタンダードである直腸温と比較してみると、「口」「わきの下」「耳」「こめかみ」で測定された体温は、運動前に測定された体温と同じく、かなり低く出ています。一番開きがあるところなんか約2℃も違っています。2℃も違うって、やばくないですか?実は体温が40℃なのに、これらの部位で測定したら38℃って出てしまうということです。
熱中症の症状が出ている人に対して、38℃の人への対処の方法と40℃の人への対処の方法は違いますし、実は40℃の人を38℃だと思ってケアをしてしまうと、重症になってしまいます(40℃を超えたらそれは「熱射病」なので、一刻も早く全身を氷で冷やした水風呂に浸からせて体温を下げなければいけません)。
「腸」と「おでこ」で測定された体温は、運動前の体温と同じく、直腸温とあまり変わりませんでした。
運動後の体温
さらに続きます。ラスト3つが運動を終えてからの体温を表します(運動開始後200分・220分・240分 [=運動終了後20分・40分・60分])。
運動前・運動中の体温と同じく、「口」「わきの下」「耳」「こめかみ」で測定された体温は、運動をやめた後も直腸で測定された体温よりも低い数値が出ました(統計学的な有意差あり)。
これも今までと同じく、「腸」と「おでこ」で測定した体温は直腸温との違いはあまりありませんでした。
研究結果・結論
この研究では、直腸温との体温の違いが ±0.27℃(=0.5°F)であれば、正確な深部体温を測定できる部位であるとしよう、として研究が始められました。
結果、暑い環境の下での運動中に「口」「わき」「耳」「こめかみ」で測定された体温は不正確であり、熱中症を疑ったときにこれらの部位で体温を測定するべきではない、と結論づけています。
それでは、運動前・中・後ですべて直腸温とあまり体温の数値に違いがなかった「おでこ」は信頼できるのでしょうか(上の写真が、今回の研究で使われたものと似たようなforehead stickerです)?
この論文では「No」と言っています。
理由はまず「体温の上限が41℃程度(106°F)」までしかないということ。さらに「汗によってこのスティッカーがはがれてしまう可能性がある」というものが挙げられています。
よってこの研究では、「直腸(=Rectal)」と「腸(=Intestinal)」で測定された体温が、暑い環境での激しい運動中の体温測定として信頼できる部位である、と結論づけています。
ですが、腸での体温測定ができる装置を持っている人・チーム・もしくは環境が整っているところはあまりないと思いますし、測定したいときにすぐ測定できる部位ではないので、やはり直腸での測定が一番運動中には適しているでしょう。
腸(=Intestine)での体温測定は、事前に小さい体温計が含まれたカプセルを口から飲み込む必要があります。約1時間後くらいにそのカプセルが腸に到達するため、そのときにはじめて腸での体温が測定できます。
それぞれの部位での体温はなぜ不正確?
記事の最初にいくつか述べましたが、改めて、それぞれの部位で測定された体温はどんなものに影響を受けてしまうために不正確となってしまうのでしょうか。
口(=舌下温)
口(舌の下で測定される舌下温)は、食事をしたり、水を飲んだり、呼吸をしたりする場所ですね。この「食べ物」や「飲み物」、さらに「空気」の温度が、口で測定される体温に影響を与えてしまいます。
耳(=鼓膜温)
よく耳で測定される体温のことを「鼓膜温(こまくおん)」と言いますが、この研究では、鼓膜での体温は正確に測定されていないと言っています。理由は「体温計は鼓膜に触れていない」というもの。
よって、耳で測定されている体温は「耳から鼓膜までの管(=外耳道)にある空気の温度」や「耳の皮膚の温度」の影響を受けているため、正確ではないと言っています。
暑い環境での運動中には、上に挙げた理由の他に「耳から蒸発していく汗」や「耳の中でかいている汗」の影響も受けるため、耳で測定された体温は不正確であると言っています。
わき
わきの下で測定する体温は、わきの皮膚の温度の影響をかなり受けてしまいます。さらには上述しているように、測定しているときの空気の温度や、わきにかいている汗も、数値に大きく影響を与えてしまいます。
腸
腸で測定された体温は、運動前・中・後の全てのタイミングで、Gold Standardである直腸で測定された体温と違いがなく、この研究で測定された部位の中で唯一、正確な体温を測定できる部位であると示されています。
ですが、上述しましたが、熱中症によって倒れてしまった人の体温を測定することができない、というのが1つ問題点として挙げられます。まずカプセルを飲み込まなければいけないため、熱射病になってしまい、そのカプセルや水分を飲み込めない人には使えません。また、カプセルが腸に到達するのは約1時間後のため、すぐに体温を測定することができないということも問題です。
こめかみ
こめかみで測定された体温も同じく、頭や顔でかいた汗の影響や皮膚の温度、空気の温度の影響を受けてしまいます。よって、暑い環境でしかも運動中にこめかみで測定される体温は正確ではありません。
おでこ
今回はForehead stickerという、おでこに直接貼って測る方法で体温が測定されたため、皮膚の温度の影響をかなり受けてしまいます。さらに、もしこれが屋外で測定される場合、太陽の日差し(=輻射熱)の影響も受けてしまうため、屋外で運動中におでこで測定される体温は正確とは言えないだろう、とこの研究では結論づけています。
まとめ
夏。暑い環境の中、屋外で運動しているとき、熱中症の程度を知るために体温を測定する場合、直腸で測定された体温以外は信用しないようにしましょう。医師やアスレティックトレーナーが現場にいて、直腸温を測定する装置がある場合は、必ず直腸で体温を測定して、その後の熱中症のケアを行うようにしましょう。
腸(=Intestine)で測定された体温も正確であるという研究結果が出ましたが、熱中症になってしまった人の体温を測定し、熱中症の程度を知る方法としてはオススメできません。
とは言っても、直腸で体温を測定できる環境はそう多くはないと思います。
(直腸で体温を測るなんて無理だから。わきの下で測るしかないんだよ)という人もいるかと思います。ただ、直腸と腸以外の部位で測定された体温は正確ではない、というのは研究で証明されています。これをちゃんと知っておいて欲しいです。
熱中症の程度を知るとき、直腸で体温を測定できない場合は、「体温」を頼りにするのではなく、他のツールやテスト(中枢神経系の機能をチェックする・意識がないなどの熱射病の症状をチェックなど)を利用して判断しましょう。(ヤバそうだな。。。)と感じたら、すぐに救急車を呼び、一刻も早く身体を冷やし始めることが大切です。
[…] 体温は、他の部位でも測定することができますね。「脇の下」「耳」「口」「おでこ」などなど。ですが、これらの部位で測って出た体温は、深部体温とは全然違う値が出てきてしまうため、熱射病を判断する材料としては信用できないものなのです。詳しくは「運動中の正確な体温の測定方法は?重要なのは体温の測定部位」の記事に書いてあります。 […]